検証例

「ヒトすい臓がん細胞のグルコース飢餓応答」

グルコースは細胞がエネルギーを得るための最も重要な栄養素であり、グルコースの不足に対して細胞は様々な応答を示すことが知られています(これを細胞のグルコース飢餓応答という)。特に、がんはその増大な増殖過程において慢性的にグルコースが不足しており、その不足に対抗するために主にグルコース飢餓応答因子からなる飢餓耐性システムが強化されていると考えられています。
その中でも、すい臓がんは貧血管環境下(すなわち慢性的なグルコース不足)で進行する極めて悪性度の高いがんであることから、がんの持つグルコース飢餓耐性をターゲットとした治療法が注目されています。

■ 実験条件

【細胞株】ヒトすい臓がん由来細胞株PANC-1

【アレイ】Affymetrix Human Genome U133 Plus 2.0 Array

 

【実験条件】

グルコースを含む培地および全く含まない培地で細胞を4時間処理した後、RNAを調製し、マイクロアレイによって各遺伝子の発現量を計測した(n=1)。

【解析条件】

  • 遺伝子カスケード解析:遺伝子発現変動比(Fold Change)の絶対値が2.2以上であった152個の遺伝子を用いて解析を実施。
  • TRANSPATHパスウェイ解析:Fold Changeの絶対値が1.8以上であった484個の遺伝子を用いて解析を実施。
  • 公共データベースパスウェイ解析:②と同じ

 

【解析結果の評価方法】

NCBIデータベースより取得したグルコース飢餓応答因子60遺伝子(下表)について、下記の条件で判定を行った。

  • 遺伝子カスケード解析:キー因子自体が該当因子である場合、およびキー因子に辿り着く過程の転写因子等のタンパク質群に該当因子が含まれる場合も的中と判定
  • TRANSPATHパスウェイ解析:各パスウェイに含まれるタンパク質に60遺伝子が含まれれば的中と判定
  • 公共データベースパスウェイ解析:②と同じ

 


*遺伝子発現変動比(Fold change)では、グルコース飢餓応答因子60遺伝子の中で、最も発現が変動したものはOXCT1で、10,735個中735番目であった。
よって、発現変動比の結果のみから既知のグルコース飢餓応答遺伝子を特定することは、非常に困難であることがわかった。

 

■ パスウェイ解析結果(公共データベース使用)


公共のパスウェイデータベースによるパスウェイ解析では、P値<0.05で検出されたパスウェイのうち、グルコース飢餓応答因子が1つ以上含まれるものは1個だけであった。

TRANSPATHパスウェイ解析では、遺伝子カスケード解析と異なり、P値<0.05で検出されたパスウェイのうち、グルコース飢餓応答因子が1つ以上含まれるものは10個中4個であった。

 

■ 遺伝子発現カスケード解析結果

遺伝子発現カスケード解析では、検出されたキー因子のうち、2因子がグルコース飢餓応答因子であった。その他のキー因子についても、すべてのカスケードネットワークに1つ以上のグルコース飢餓応答因子が含まれていた。
本結果のうち、SIRT1の関与はTRANSPATHパスウェイ解析でも示唆された。

 

■ 解析結果まとめ

【解析手法 : 遺伝子発現カスケード解析】

解析結果

41個のキー因子が検出され、このうちAKT1およびSIRT1が飢餓応答因子であった。
また、残りの39個のキー因子のカスケードネットワークにも飢餓応答因子が含まれていた。
SIRT1に関わるパスウェイについて、TRANSPATHパスウェイ解析と共通性が見られた。

結果の評価

実験条件で特異的に変化しうる遺伝子群を転写因子結合サイトから求めていることから、適切な実験を組むことで、高確率で関連遺伝子を探索することができる可能性を示すことができた。

 

【解析手法 : TRANSPATH パスウェイ解析】

解析結果

検出された10パスウェイ中、4パスウェイに飢餓応答因子が含まれていた。
遺伝子発現カスケード解析でキー因子として検出された飢餓応答因子であるSIRT1を含むパスウェイが検出された。また、飢餓応答因子を含まないNotch, EGF, ARパスウェイについて、公共データベースによるパスウェイ解析と共通の結果が得られた。

結果の評価

公共データベースとTRANSPATHパスウェイの結果の違いは、それぞれのデータベースに登録されるパスウェイの構成遺伝子の内容や遺伝子数の違いにより、結果が異なったためと思われる。
また、公共データベースでもNotch, EGF, ARパスウェイが含まれていることから、解析に用いたFold Change遺伝子リスト中にこれらパスウェイを含めるような遺伝子セットが存在しているようである。これらのパスウェイが飢餓応答因子と関係する可能性がある。

 

【解析手法 : 公共データベース パスウェイ解析】

解析結果

検出された15パスウェイ中、1パスウェイのみに飢餓応答因子が含まれていた。
他の2つの解析法では検出されなかった飢餓応答因子であるTGFB1を含むパスウェイが検出された。飢餓応答因子を含まないNotch, EGF, ARパスウェイについて、TRANSPATHパスウェイ解析と共通の結果を得られた。

結果の評価

「TRANSPATH パスウェイ解析」結果の評価と同じ

 

■ よく頂くご質問

(ご質問)

別途提供してもらったカスケード解析の見本で、Keynodeの一つとしてSIRT1が使われている。Fold Changeでは、-1.11倍くらいの値のようだが、ほとんど動いていないという認識になるが、それでもSIRT1がKey因子としてよいのか?

 

(回答)

カスケード解析は、動的に駆動しているカスケード構造を時間を遡って解析することを意図した解析です。

実際に、Fold Change絶対値の大きな遺伝子群はすべて「入力データ」として使用されています。入力データに含まれる遺伝子群が再帰的にカスケード内に現れることは、私どもが本解析を扱ってきました経験におきましては、非常に希なケースですので、Fold Change絶対値の大きな遺伝子群がカスケード内に検出されることはほとんどありません(生物学的には、遺伝子発現のフィードバックループ制御が存在していますので、あり得ます)。
カスケード解析のコンセプトは、「Fold Change変化の大きかった遺伝子群がどのような因子群によって調節された結果、このような発現変動に至ったか」を解析する手法です。従いまして、最初に述べましたように、過去に起こった調節を時間を遡って解析することを意図している解析であるとご理解頂ければと存じます。

また、mRNAの安定性の側面からは、転写因子のmRNAは一般的に半減期が非常に短く、10~数十分となっております(これに対して、例えば、代謝酵素は数万分という非常に安定な物もあります)。つまり、非常に壊れやすいために、発現していても絶対量が少ないことが多かったり、過去に発現していても速やかに分解されてしまいますため、測定時点では存在しないことが多くございます。